音楽教室でピアノ等の楽器の演奏方法を教授してもらった経験のある方(レッスンを受けた方)、多いのではないでしょうか?実は、そのレッスン、著作権の支分権の1つ、演奏権を侵害していたのです。じゃあ、私は、生徒としてそのレッスンを受けていたから、演奏権の侵害者なの!?って思われるかもしれませんね。
大丈夫です。生徒は演奏権の侵害者ではありません。じゃあ、先生??
でもありません。実は、音楽教室事業者が演奏権の侵害者と、裁判所が判断しました。
生徒が演奏権の侵害者でないなら、私、関係ないから、まぁいいか!という人も多いかもしれませんが、どうしてそのような結論になるのか。“平成29年(ワ)第20502号,同第25300号 音楽教室における著作物使用にかかる請求権不存在確認事件”を読んでいきましょう。
0.概要
本件は、音楽の著作物の上演権及び演奏権に関する事案です。
1.重要な条文
今回の判決で重要なのは、著作権法第22条です。
“著作権者は、その著作物を公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下、「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を占有する。”
“著作権者は、その著作物を公衆に直接見せ・・・ることを目的として(以下、「公に」という。)上演・・・する権利を占有する。”は、いわゆる、上演権にかかる記載です。
“著作権者は、その著作物を公衆に直接・・・聞かせることを目的として(以下、「公に」という。)・・・演奏する権利を占有する。”は、いわゆる、演奏権にかかる記載です。
今回は、演奏権をテーマとしているので、後者のどこの記載について争われたのか解説していきます。
争点は2つありました。(1)「公衆」とは?(2)「聞かせることを目的として」とは?です。
2.(1)「公衆」とは?
「公衆」については、著作権法の第2条第5項に規定があります。“この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数の者を含むものとする。”とあり、不特定かつ多数を含み、特定かつ少数を除く意です。
だから、「公衆」の意義については、当事者間に争いはありませんでした。この「公衆」について、前提として、誰が演奏者なのか判断しなければなりませんね、と裁判所は切り出しています。この点、原告と被告で主張が違います。原告は、先生や生徒が演奏者だと主張し、被告は、音楽教室事業者が演奏者だと主張していました。
音楽教室のレッスンで誰が演奏をしているのかと言えば、一目瞭然、先生と生徒ですという話になり、「公衆」って誰?って話になりがちなのですが、裁判所は、“音楽教室で利用される音楽著作物の利用主体については,単に個々の音楽教室における演奏の主体を物理的・自然的に観察すのみではなく,音楽教育事業の実態を踏まえ,その社会的、経済的側面も含めて総合的かつ規範的に判断されるべきであると考えられる。かかる観点からすると,原告らの音楽教室における音楽著作物の利用主体の判断に当たっては,利用される著作物の選定方法,著作物の利用方法・態様,著作物の利用への関与の内容・程度,著作物の利用に必要な施設・設備の提供等の諸要素を考慮し,当該演奏の実現にとって枢要な行為がその管理・支配下において行われているか否かによって判断するのが妥当である(クラブキャッツアイ事件最高裁判決,ロクラクⅡ事件最高裁判決参照)。”と述べています。
検討する要素が多くて、少し参ってしまいそうですね・・・。つまり、(1)演奏する楽曲を選ぶときどうやって選んでいますか?(2)音楽教室は先生と契約を結んでレッスンの事業がうまくいくように先生を管理していますよね?(3)音楽教室は先生に試験を課して先生をレベル分けていしますよね?(4)演奏する際の場所・楽器を音楽教室が用意していますよね?ということです。
(1)音楽教室の制作したテキストから楽曲を選んでます、(2)雇用契約or委託契約がありますね、(3)初級クラスの先生、中級クラスの先生、上級クラスの先生、分かれていますね、(4)通学の場合ばっちり当てはまりますね。
ここでのキーワードは、「管理・支配」です。著作権に関する判決文を読んでいると、目にすることが多いです。今回の判決では、原告の「管理・支配」が先生に及んでいるとして、音楽教室事業者を演奏者と判断し、生徒を「公衆」と判断しています。将来契約する生徒は契約時点で不特定であり、ある音楽用室には、日本全国で30万人もの生徒がいるからです。
2.(2)「聞かせることを目的」とは?
裁判所は、“演奏が行われる外形的・客観的な状況に照らし,音楽著作物の利用主体から見て,その相手である公衆に演奏を聴かせる目的意図があれば足りるべきである。”と述べています。
また、裁判所は、“・・・音楽教室におけるレッスンは,教師が演奏を行って生徒に聞かせることと,生徒が演奏を行って教師に聞いてもらうことを繰り返す中で,演奏技術の教授が行われるが,このような演奏態様に照らすと,そのレッスンにおいて,原告ら音楽教室事業者と同視しうる立場にある教師が,公衆である生徒に対して,自らの演奏を注意深く聞かせるため,すなわち「聞かせることを目的」として演奏していることは明らかである。”と述べています。
原告は、いろいろと主張をしたみたいですが、ことごとく主張を採用されていません。。。
3.まとめ
一見すると、演奏権の侵害者は先生?って思いますが、音楽教室事業者という結論でした。裁判所は、音楽教室でのレッスンの一場面を思い起こして、条文にあてはめをしているのではない、という点が面白かったのではないでしょうか。多くの検討要素があり、参ってしまいそうになりますが、一場面にとらわれず広く多くのことを考えて判決がなされているということを垣間見えたのではないかと思います。
4 補足1
被告、JASRACは、後日、見解を掲載しています。
https://www.jasrac.or.jp/smt/release/20/200228.html
5 補足2 個人の音楽教室はどうなのか?
個人が経営している音楽教室はどうなのか気になりますね。今回の原告は全国区の音楽教室事業者でした。
JASRACが気にしているように、「管理・支配」の管理にハードルがあるかもしれません。また、「公衆」には、特定少数が含まれないので、著作権法22条に当てはまらない可能性があります。
どちらにせよ、JASRACは、個人が運営する音楽教室に対して訴訟を起こすつもりは、今のところなさそうです。
6 補足3
この事件に関して、9月に動きがあるようです。最高裁判所の判断が示されるかもしれません。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220728/k10013741051000.html