IP RIP ~チザイの雑談~

知的財産(Intellectual Property)の「かゆいところに手が届く(Reach the Itchy Place)」お話です。

特許「研究者と特許」[マータ]

みなさま、こんにちは。

f:id:discussiong1:20200920015224p:plainhttps://twitter.com/b8L18UnY7nPd5NC

 

本日は、若手研究者の方に向けて特許のお話をしたいと思います。 

日々新しい発見や発明を追い求める研究者の仕事は、特許とは切っても切れない関係にありますよね。なので、研究者でもある程度の特許の知識は必要だと思います。

 

私自身、メーカーで長年研究開発業務を行ってきましたが、常に特許を意識して研究を行っています。

今回は、研究者が関わる特許の仕事について、とある健康食品メーカーで研究開発職として働いているAさん(架空の人物)をモデルにご紹介したいと思います。

 

この記事を読んで頂くと、

・研究者に必要な最低限の特許の知識

・研究者が特許について注意すべきこと

・特許出願から特許査定までにどんな仕事があるか?

 

をざっくり知ることができます。では、宜しくお願い致します!

 

1. Aさんの発明
ある日、Aさんは、植物Bの抽出物(エキス)にダイエット効果(痩身効果)があることを発見しました。Aさんは、これは新発見なのではないか?と考えています。そこで、今回の発見について学会発表をしたり、このエキスを配合したダイエットサプリの開発をしたいと考えています。また、他社に真似されないように、今回の発見に基づく発明に関して特許出願をしたいと考えています。具体的なクレーム(特許請求の範囲)については、ひとまず今回は想定せずにいきたいと思います。

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2. 特許出願のタイミング
Aさんは、学会発表により今回の発明について市場にアピールしたいと考えています。しかし、もし特許を出願する前に発表をしてしまうと、発明の内容がその時点で『公知』になり『新規性』を失うため特許を取れなくなります(特許法第29条第1項)新規性を失わないための例外規定(新規性喪失の例外、特許法第30条)もありますが、あくまで例外なので期待しない方が賢明です。

 

なので、学会発表などで発明の内容が公知になる前に特許出願をすませておく必要があります。また、学会によっては『講演要旨集』が学会発表当日よりはやく公開されることがありますが、それももちろん『公知』になります。審査官(発明を審査する特許庁の職員)は、例え学会の要旨集であっても見落としません。特に、学会の発表者(共著者を含む)の中に、特許の発明者の名前が入っている場合は簡単に発見されます。

 

また、特許は、早いもの勝ちなので、他社が同じアイデアで特許出願する前に出願する必要もあります(先願主義、特許法第39条)。なので、できるだけ早め早めの特許出願が重要です。

 

★ポイント★

・特許出願は、発明が公知になる前にする、他人よりも早くする。

 

3. 特許出願前の調査(先行技術調査)
特許は、すでに公知であったり(新規性がない、特許法第29条第1項)、公知な技術から簡単に思いつくようなものなど(進歩性がない、特許法第29条第2項)には認められません。特許になる可能性がゼロの発明について出願し審査を受けても、時間も費用も無駄になってしまいます。

 

そこで、Aさんは特許出願をする前に、今回の発明に新規性や進歩性がありそうか、先行技術調査を行う必要があります。この調査には、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)などのデータベースを用いることが多いです。

 

パソコンを使って働く白衣の人のイラスト(男性)

例えば、調査の結果、以下のようなことが書かれた文献が見つかったとします。

 

過去の特許文献1: C植物(B植物の近縁種)のエキスにはダイエット効果がある。

 

もし、審査官が審査の時にこの文献を見つけたら、

 

『すでにダイエット効果が知られているC植物の代わりに近縁種のB植物についても試してみるのは簡単に思いつくよね』(進歩性なし!!)

 

と判断する可能性があります。 

また、下記のようなことが書かれた文献があったとします。

 

過去の特許文献2: B植物からは、Dという天然成分を抽出することができる。
過去の特許文献3: 天然成分Dには脂肪分解効果がある。

 

この場合、審査官は、2と3の文献を組み合わせて、


『B植物のエキスにダイエット効果を期待するのは当然だよね。だってB植物には天然成分Dが含まれていることが知られているし、Dには脂肪分解効果がすでに知られているから』(進歩性なし!!)

 

と判断するかもしれません。

 

このように、Aさんは、色々な先行文献を調べて自分の今回の発明が特許になりそうかどうかを予想(判断)します。また、このままでは特許にすることは難しいと感じた場合は、『特許になる可能性』を高めるために特許明細書などに色々と対策や工夫を講じることもできます(話が長くなるので対策などについてはまたの機会に。。。)。

 

★ポイント★

・先行技術調査により、自分の発明が特許になる可能性を予測しよう。

 

4. 特許出願から特許査定まで

最終的な判断として、Aさんは、今回の発明について特許出願することにしました。しかし、そのまますんなり特許になることは、なかなかありません。

Aさんの特許出願から暫くして、その審査結果である拒絶理由通知書※が送られてきました。※特許の要件を満たしていない理由などが書かれた審査官からの手紙のようなもの。

 

そして、その通知書の中には、引用文献として以下のような文献が記されていました。

 

文献▲▲: B植物からは、Eという天然成分を抽出することができる。(過去の特許文献)
文献◆◆: 天然成分Eは脂肪細胞に強力に作用する。(英語の学術論文の要約)

 

 そして、審査官からのメッセージとして、

 

『天然成分Eを含むB植物のエキスにダイエット効果を期待するのは当然。なぜなら天然成分Eは、脂肪細胞に強力に作用することが過去の研究により知られているから』(進歩性なし!!)

 

Aさんは、研究員であるため、この分野の英語の学術論文を読み慣れています。審査官が提示した引用文献◆◆を確認したところ、この引用文献の要約文(アブストラクト)には確かに、Eは脂肪細胞に強力に作用すると書いています。しかし、実際にこの文献の実験データをよーく見てみると、成分Eは、脂肪細胞の脂肪蓄積能力を高めていることが分かりました。つまり、この文献は、E成分は脂肪細胞に作用するといっても、一般的なダイエット効果(脂肪を分解したり、減らしたり)とは逆の方向に働く作用を示した文献であることが分かりました。

 

そこで、Aさんは拒絶理由通知に対する意見書として、①審査官の認識に誤りがあること、②文献▲▲と文献◆◆を合わせて考えると、むしろB植物のエキスにダイエット効果を期待する方が無理があること(阻害要因となる)、などを伝えました。その結果、Aさんの発明は晴れて特許査定となりました。

 

以上の例は極端な例ですが、審査官が引用文献の内容を誤認することは時々あります。その分野の専門家の研究者ならすぐに気づくことができると思います。

 

★ポイント★

・研究者の知識を活かして、審査官を納得させる論理(反論)を構築しよう!

 

5. まとめ

研究者のメインの仕事はもちろん研究です。しかし、特許の知識が不足していると特許出願前に発明の内容を公知にしてしまったり、特許になる可能性の全くないものを出願してしまったり、社内の知財部の方に迷惑をかけかねません。

 

逆に、研究者が特許の知識を深めれば、知財部や社外の弁理士さんとの協力により質の高い特許明細書を仕上げることも可能となります(今回は登場しませんでしたが実際の出願手続きや審査官への対応は知財のプロである知財部の方や弁理士さんにお願いすることが多いです)。また、深い専門知識を有する研究者は、拒絶理由への対応の際にも大いに活躍できます。

 

長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!!

        脳の研究をしている科学者のイラスト