IP RIP ~チザイの雑談~

知的財産(Intellectual Property)の「かゆいところに手が届く(Reach the Itchy Place)」お話です。

特許「体質に関わる遺伝子と特許について」[マータ]

こんにちは。今回は、バイオに関わるお話です。

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私達の生活を一変させてしまった新型コロナウイルス。このウイルスの不思議なところは、個人や人種によって感染のしやすさや重症化しやすさが大きく異なってそうだということですね。原因としては、生活習慣や遺伝的要因など色々と想像されていますが、いまだ正確なことは分かりません。

 

 ところで、みなさんはSNP(スニップ)という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

SNPとは、簡単に言うと個人間の遺伝情報のわずかな違いのことで、個性を生み出す一因となっていると考えられています。例えば、瞳や髪の毛の色・アゴの形・肌質・身長などの外見だけでなく、お酒の強さ・太りやすさ・病気のかかりやすさなどの体質にも、このSNPが関与すると言われています。

 

 最近では、野菜嫌いに関わるSNPも見つかってきているみたいですね!もしかしたら、あなたのお子さんが野菜をあまり食べないのは遺伝子に原因があるのかも!?

 

 近年、個人のSNPを解析して体質を検査する様々なサービスが生まれてきています。今回は、SNPについて簡単にご紹介するとともに、どのような特許が出願されているかまとめてみました。

 

 

<SNPとは>

 生物の遺伝情報はDNA分子の中に書き込まれています。簡単に言ってしまえば、遺伝情報はアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の文字(塩基)で書かれた文章のようなものです。ヒトの場合この文章は約30憶文字(塩基)で成り立っているといわれています。そして、個人間でこの文字の並び方は、99.9%が同じであることが分かってきています。一方で、残りの0.1%の違いが体質の違いや、ある特定の病気へのかかりやすさ、薬への反応性などの個人差を生み出す要因になっているとされています(参考文献1)。この0.1%の違いを生み出すものの一つにSNP(single nucleotide polymorphism、スニップ、一塩基多型と呼ばれるものがあります。SNPとは、遺伝情報の一つの文字が他の文字に置き換わっているもので、私たちのDNAの中には1000万のSNPが存在(数千塩基に1箇所の頻度)する可能性が考えられています(参考文献2 )。 

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<SNPにはIDがつけられている>

 SNPには、一つ一つに世界共通のIDが割り振られています(rs番号)。例えば、rs671は、12番染色体上のある領域に存在するSNPであり、「G」の塩基を持つ場合と、「A」の塩基を持つ場合があります(対立遺伝子、アレル)。一般人口で多く認められるものをメジャーアレル、少ない方をマイナーアレルと呼びますが、rs671の場合は、「G」がメジャーアレルで、「A」がマイナーアレルです。

 

<SNPと体質>

 ここで、SNPと体質について触れたいと思います。殆どのSNPは遺伝子やタンパク質の発現制御領域以外に存在するため、遺伝的な特徴の変化を起こしませんが、一部は遺伝的な個人差を生じさせることがあります(参考文献3)。例えば、先ほどのrs671を例にとると、実はこのSNPが存在する場所は、アルコール代謝関連遺伝子ALDH2の中になります。そして、rs671が「G」になるか「A」になるかでALDH2酵素活性が変化することが分かっており、メジャーアレルの「G」を持つ人はアルコールの分解能力が高く、マイナーアレルの「A」を持つ人はそれが低いと言われています(参考文献4)。つまり、遺伝子検査などでこのSNPを調べれば、お酒に対する感受性がある程度予測できると言えます。

 現在、SNPと対象形質(体質、病気など)との関連を調べる研究が盛んになされており、様々な対象形質に関連するSNPが次々と見いだされてきています。そのようなSNPを解析すれば、その人の体質や生まれ持った病気のリスクなどの遺伝的傾向を調べることができます。

 

<SNPと特許>

 あるSNPと特定の対象形質との関連を見出した場合、そのSNPはその対象形質のマーカーとなります。そして、その関連がこれまでに知られていなかった新規なものである場合、特許になる可能性があります。例えば、 肥満に関するものを例に上げると、

 

特許第5083800号

(肥満の検査方法及び予防又は治療薬のスクリーニング方法)(理化学研究所) 

特許第5427352号

(ヒト体脂肪量と関連する遺伝子多型に基づく肥満発症リスクの判定方法)(東京大学)

 

等が特許化されています。 

その他に出願されているものとして、

 

病気に関わるもの

特開2018-093764:食道癌の予後を予測する方法

特開2018-148863:腎関連疾患の遺伝的リスク検出法

特開2018-148827:加齢黄斑変性の発症リスクの評価方法

特開2018-143178:循環器疾患の遺伝的リスク検出法

特開2020-092660:脳梗塞発症リスク予測方法

特表2020-508643:乳癌発症リスクの改良された評価法

 

美容に関わるもの

特開2013-226096:被験者の肌質を判定する方法及び・・・(略)

特開2018-045539:肌の状態に対する遺伝的なリスクを予測する装置・・・(略)

再表2018/101449:肌特性解析方法

特開2018-078848:シミ発生リスクの鑑別法

特開2018-164452:ソバカスになり易さを判定する方法

特開2018-186804:バストサイズの傾向を判定する方法

特開2019-017384:眉毛の濃さを判定する方法

特開2019-033739:二重まぶたである可能性の高さを判定する方法

特開2019-041758:髪質を判定する方法

特開2019-022483:肌トラブルリスクの検出方法、その方法に・・・・(略)

 

などなどがあります。 色々な特許が出願されてますね。

 

<まとめ>

 近年のDNAの解析技術の急速な進歩に伴い、個人の体質に関わるSNPが次々に明らかになってきています。また、遺伝子検査サービスの市場規模は世界で1兆円規模になったという話もあり(https://j-prime.jp/archives/380)、今後も益々拡大していくと考えられます。そのような中で、特許や知財戦略は益々重要性を増すのでないかと思われます。今回は、SNPと特許について簡単にご紹介しましたが、また機会があれば個々の特許出願の具体的な内容や、審査状況等についてもまとめてみたいと思います。

 

<参考文献>

(1)Shastry BS. SNP alleles in human disease and evolution. J Hum Genet. 2002;47(11):561-6.

(2)Twyman RM. SNP discovery and typing technologies for pharmacogenomics. Curr Top Med Chem. 2004;4(13):1423-31.

(3)猪狩敦子ら.遺伝子多型・総論. 血栓止血誌2012;23(5):436-442.

(4)F. Takeuchi et. al., Confirmation of ALDH2 as a Major locus of drinking behavior and of its variants regulating multiple metabolic phenotypes in a Japanese population. Circ J. 2011, 75(4):911-8.