IP RIP ~チザイの雑談~

知的財産(Intellectual Property)の「かゆいところに手が届く(Reach the Itchy Place)」お話です。

意匠『側面から見るとなお美しい』[リッキー]

今回は自動精算機に関する判例(令和2年(ネ)第10053号)の紹介です。

 

自動精算機についてよく見ることは今までなかったのですが、これを機に、注意深く見てしまいそうです。

自動精算機のイメージ



まずは、本件意匠の基本的構成態様と具体的構成態様を整理しましょう。

 

ア 基本的構成態様

上部を後方に傾斜させた縦長長方形状のディスプレイと,ディスプレイ を収容する縦長略長方形状のケーシングの正面部分であり,タッチパネル部が自動精算機本体の正面上部右側に本体の上辺より上方に突出して配置されている。

 

イ 具体的構成態様

① タッチパネル部は,縦横比が約1.7対1となっており,約15度の角度で後傾させられている。

② タッチパネル部下側部分が自動精算機本体の正面から前方に突出する態様で設けられている。

③ ケーシングの正面部分は,ディスプレイと略相似形であり,ディスプレイと同一面を形成する枠部(等幅額縁状枠部)がある。

④ 枠部の外周を囲み正面から背面に向けて側方視末広がりに傾斜する傾斜面部(別紙1「参考図1」では面取り部)が設けられており,傾斜 面部(下側部分を除く。)は,上側部分の外縁上側,左側部分の外縁左 側,右側部分の外縁右側において,ディスプレイ正面に対して垂直方向 に設けられた周側面に接する。

⑤ 傾斜面部の下側部分(なお別紙1「参考図1」では「周側面(下側部) 20 と表記されているが,「面取り部(下側部)」とするのが正しい。)は, 傾斜面部の上側部分の外縁から傾斜面部の下側部分の外縁下側まで(控 訴人が主張する「タッチパネル部正面縦幅」と同義であると解される。) の直線長さの約15分の1ないし17分の1の幅に形成されて,傾斜面 部の上側部分及び左右側部分の幅よりも約4倍の幅広に形成されている。

 

 

続いては、美観に与える影響を考慮しています。ありふれた範囲内での差しか生じない場合は、美観に与える影響は微弱であると判断されています。どこだと思いますか?

 

ヒント

・タッチパネルの縦横比や後傾角度をどのように構成するか

・ディスプレイの枠を等幅に構成すること

 

タッチパネルの縦横比や後傾角度をどのように構成するかによっては,ありふれた範囲内での差しか生じないのであり,また,ディスプレイの枠を等幅に構成するのはありふれた手法であるから,具体的構成態様①及び③が美観に与える影響は微弱である。

 

正解は、具体的構成態様①及び③でした。

 

いきなり話が具体的構成態様から始まってしまいましたが、基本的構成態様についてはどうでしょうか?

 

これは公知意匠を検討しないと難しいですよね・・・。裁判所は、本件意匠の基本的構成態様に関して次のような公知意匠があると述べ、公知意匠A~Cに基づき、判断をしています。どんな形状をしているかは、判決文の別紙をご確認ください。

 

本件意匠登録出願前に、自動精算機又はそれに類似する物品の分野において、筐体の上端部から一定程度の突出するディスプレイ部について、情報を傾斜させたディスプレイが縦長長方形状であり、ディスプレイを収容するケーシングが縦長略長方形状である意匠が知られていたものといえるし、より一般的に考えても、自動精算機又はそれに類する物品のディスプレイ部において利用者が見やすくタッチしやすい形状を得るためには、本件意匠のような基本的構成態様とすることが社会通念上も極めて自然かつ合理性を有すると考えられる。

 そうすると、本件意匠の基本的構成態様は、新規な創作部分ではなく、自動精算機又はこれに類似する物品に係る需要者にとり、特に注意を惹きやすい部分であるとはいえず、需要者は、筐体の上端部から一定程度突出し上方を後方に傾斜させたディスプレイ部であること自体に注意を惹かれるのではなく、これを前提に、更なる細部の構成から生じる美感こそ着目するものといえるから、本件意匠の具体的構成態様が美観に与える影響は微弱である。したがって、共通点に係る基本的構成態様が類否判断に与える影響はほとんどないし、また、タッチパネル部を本体正面上部の右側に設けるか左側に設けるかによっては、ありふれた範囲内の差しか生じないから、前記(5)アの差異点も類否判断に与える影響はほとんどない。

 

と、類否判断に影響を与えないものについてみてきました。続いては、影響をあたえるものです。

 

③枠部の外周を囲み正面から背面に向けて側面視末広がりに傾斜する傾斜面を有している。

ウ 本件意匠のタッチパネル部は、タッチパネル部下側部分が本体の正面から前方に突出する態様で設けているのに対し、被告意匠のタッチパネル部は、そのような態様になっていない点

エ 本件意匠は、傾斜面部の下側部分が、傾斜面部の上側部分の外縁上側から傾斜面部の下型部分の外縁下側までの直線長さの約15分の1ないそ17分の1の幅であり、傾斜面部の上側部分及び左右側部分の幅よりも約4倍の幅広に形成されているのに対し、被告意匠は、傾斜面部は下側部分も含めて、いずれも傾斜面部の上側部分の外縁上面から周側面の下側面の背面側縁までの直線長さの約128分の1の幅であり、傾斜面部の下側縁と接する周側面の下側面は、同約64分の1の幅に形成されている点

 

が類否判断に与える影響が大きいと判断しています。つまり、これらが要部になります。要部では、③が共通点と、ウとエが差異点となっています。

 

本件意匠に係るディスプレイを操作するときは基本的には正面に立ってディスプレイを見ながら操作するでしょうから、ディスプレイの下端部分が前方に突出しているのは、正面から見たときも目立ちます。

 

また、ディスプレイの下端部分が前方に突出していることは、側面から見たときに目立ちます。ユーザーが自動精算機に近づくとき、必ずしも正面から近づくわけではないからです。

 

私も今日、交通系ICカードにチャージをするために、券売機のところへ向かいましたが、正面からではなく、側面からでした。

 

その券売機は、埋め込み型でしたから、側面見てもなんとも思わないのですがね。

 

さて、ディスプレイの下端部分が前方に突出していることは、目立つだけではなく、美観にも影響を与えていたようです。「本件意匠はディスプレイ部全体が浮き出すような視覚的効果を生じさせていると認められる」と裁判所は認定をしています。

 

被告意匠はどうだったでしょうか。ディスプレイの下端部分が前方に突出していないので、側面から見ても目立ちません。「ディスプレイ部がただ単に本体と一体化しているような視覚的効果しか生じないと認められる」と認定しています。

 

決定打は、この視覚的効果だったようです。つまり、美感です。

 

美感が異なることが重視されたのでしょう。本件意匠と被告意匠は非類似と判断されました。

 

需要者がどのように行動して、どこの部分を見るのか細かく分析されたうえで、美感の類否が判断されています。需要者の行動がどうであるか、細かく分析をして、主張をすると自身に有利な判決を得られやすいのかもしれませんね。

 

審査ではどのくらい、功を奏すのかは未知数ですが、拒絶査定をもらいそうなときは、試してもいいのかもしれませんね。

 

まとめ

 

意匠の判例について紹介しました。意匠の類否は美感に基づいて判断されるわけですが、美とは何か、なんとも表現しがたいものを上述のように言語化しているのですね。

 

話はずれますが、仕事でも人事評価でもこの言語化が注目されていますね(昔から?)。特にAIを使う際にプロンプトエンジニアリングが注目されていますが、意匠の判決文を読んでいると言語化能力が磨かれやすそうです!

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

リッキー

 

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